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【デザイン比較】アグレッシブな『ヤリス』と穏やかな『フィット』、好対照の理由を欧州に探る
相前後して同じBセグメントに登場した新型トヨタ『ヤリス』と新型ホンダ『フィット』だが、そのデザインはあまりにも対照的だ。アグレッシブなヤリスに対して、フィットはシンプルで穏やか。この違いは、どこから来たのか? 今回は欧州市場のデザイントレンドを軸に考えてみたい。
◆ヤリスとフィット、そもそもターゲット市場が違う
新型ヤリスのメイン市場は欧州と日本だ。オーストラリアなどでも売るが、北米や中国、アジアでは売らない。
北米の現行ヤリスは『マツダ2』(メキシコ工場製)の顔違い姉妹車である。2014年からマツダのメキシコ工場がマツダ2・セダンをベースとするサイオン『IA』をトヨタにOEM供給。サイオン・ブランドの廃止にともない、18年にサイオンIAがヤリス・セダンになり、19年には先代『ヴィッツ』の北米仕様であるヤリスを打ち切ってハッチバックもマツダ2の姉妹車になった。
中国やアジアでは2013年から、日本の先代ヴィッツとはまったく違うデザインの現行ヤリスが展開されている。プラットホームは基本的にヴィッツと共通だが、ホイールベースを延長。中国以外のアジアでは『ヴィオス』と呼ばれるセダンとボディの基本骨格を共有する5ドア・ハッチバックだ。
これら北米向け、中国/アジア向けのヤリスは今回のモデルチェンジの対象ではない。だから新型ヤリスのデザイナーたちは欧州と日本にターゲットを絞ることができた。
一方のフィットはもっとグローバル。欧州でも現地名ジャズとして新型がすでに欧州デビューしている。しかし台数的に多いのは中国と日本だ。
先々代=2代目フィットは中国で苦戦したが、先代は倍増以上の勢いで年間10~13万台を維持した。日本では発売当初にリコール問題でつまずいたものの、翌14年は12万台。以後は漸減だが、昨年は7万台を確保している。
それに対して欧州は3~4万台、米国も3~5万台というペース。新型フィットのデザイナーにとって欧米市場を重視する理由はなかっただろう。
ヤリスは欧州と日本、フィットは中国と日本。ターゲット市場が違う。なかでも欧州を重視したか否かをひとつの鍵として、両車のデザインの違いを読み解いてみたい。
◆欧州市場で存在感を発揮するためのデザイン
ヤリスのエクステリアは大きなグリル、強く張り出した前後のフェンダー、コンパクトなキャビン、傾斜の強いテールゲートなど、アグレッシブなまでにスポーティかつダイナミックだ。
このデザインが欧州のトレンドに乗っている、というわけではない。欧州Bセグメント車で最もスポーティなエクステリアを持つのはプジョーの新型『208』だろうが、ヤリスに比べたらずっと控えめだ。逆にシトロエン『C3』のように、スポーティさをあえてグッと抑えたシンプル・フォルムで、市場の共感を得ている例もある。
ヤリスは欧州でも突出してスポーティ。そこにトヨタはヤリスの進むべき道、つまり強豪ひしめく欧州市場で存在感を発揮する方策を見出したのだ。
◆欧州を重視しなかったはずのフィットだが
面白いことに、欧州は重視しなかったはずのフィットのほうが、欧州車のトレンドに近い。ここ数年、欧州メーカーのデザイン幹部に取材して共通するのが、プロポーション重視とシンプル指向だ。
ヤリスはキャビンをコンパクトに見せるプロポーションで、スポーティさを強調する。フィットはAピラーの根元を大きく前に出すワンモーション・シルエットで、初代から変わらぬ「らしさ」を打ち出す。そこは互角だが、ヤリスのフォルムはけっしてシンプルではない。
大きなグリル、強く張り出したフェンダー、それを強調するリヤドアのキャラクターラインなど、ヤリスは目を惹くディテールに事欠かない。欧州トレンドに対する、いわば「逆張り」だ。
フィットはもっとシンプル。SUVテイストの「クロスター」を除けば、ほぼ「グリルレス」の顔付きだし、ボディサイドにこれといったキャラクターラインもない。それでいてワンモーションゆえに大きなキャビンを、4輪がしっかり支える感覚は表現できている。とくにボディサイドから滑らかな断面変化で張り出すリヤフェンダーは、このエクステリアの見所のひとつだ。
しかしフィットを欧州で見ることを想像すると、プロポーション以外に強い個性は思い浮かばない。シンプルとはいえ、その度合いは欧州トレンドの中庸だろう。でも、それでよいのだ。
◆逆張りで突出するヤリスと間接的トレンドのフィット
日本でも中国でも、人々の多くは欧州車のトレンドを見ている。それ以外の要素も、もちろんある。それらを咀嚼した総体が市場のトレンドを決めるわけで、欧州のトレンドは間接的な影響でしかない。そこをどう見るかによって、ヤリスとフィットのデザインの方向性が分かれたと筆者は考える。
ヤリスは欧州を重視するがゆえに、欧州トレンドに「逆張り」することで強い存在感を目指した。「逆張り」は欧州ではリスクを伴うチャレンジだが、日本には「欧州こそ走りの本場」で、「欧州車はスポーティ」というイメージを持つ人も少なくないから、そこを狙うならリスクはむしろ小さい。
一方のフィットは、プロポーションで「らしさ」を主張しつつ、ディテールのスタイリングは欧州トレンドが間接的に影響する日中市場のテイストに合わせた。中庸のシンプルさでは欧州で存在感が埋没するかもしれないが、日本と中国ではこれが最良の答えと言えるのだろう。
千葉匠|デザインジャーナリスト
デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは12年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。