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ホンダ N-VAN…「荷物だけ」から「荷物も人も」に[開発者インタビュー]
ホンダから『N-BOX』をベースとした軽商用バン、『N-VAN』が発売された。先代となる『アクティバン』が登場してから19年ぶりの新型“軽バン”である。そこで、今回の開発の経緯などについて企画及び開発担当者に話を聞いた。
■“N for Life”から“N for Work”へ
—-:ホンダの軽乗用車のNシリーズ。その累計販売台数が、200万台を突破しました。2011年12月以降、79か月での記録達成となるヒットシリーズです。そこに今回、Nシリーズ初の商用車、N-VANが発売されました。なぜNシリーズに商用車を追加したのでしょうか。
本田技研工業執行役員商品ブランド部長の鈴木麻子氏(以下敬称略):はい、Nシリーズはシリーズ累計200万台を超えるほど好評をいただいており、特に昨2017年デビューしました第2世代目のN-BOXからは“N for Life”というキャッチコピーのもと、多くのお客様に支持されています。
一方、最近「ワークライフバランス」という言葉を使いますが、実はライフの中でワークの占める割合は非常に大きいですよね。このワークに携わる、仕事の用途にもこのN-BOXの良さを是非利用してもらいたいということでN-BOXベースの商用車を開発したのです。
—-:それでN-VANのキャッチコピーが“N for Work”となったわけですね。これは昨今の時代背景が反映されているのですか。
鈴木:そうです。まず若い人で個人経営をされている方の中には、趣味や仕事を生活の一部としてやっていきたいという方が増えていますので、やはり仕事グルマにも妥協したくない、そういう1台を求められています。また、少子高齢化の時代、女性や高齢者が、例えば配送業などで仕事をする機会が多くなりますので、いかにものが積めるかということ以上に、疲れない、安心・安全にクルマに携われることが時代の変化ではないかと思っています。
■とにかく沢山の人に話を聞いた
—-:N-VANの開発責任者の古舘さんにお伺いします。今回このクルマの責任者に指名された時、どう思いましたか。
ホンダ技術研究所N-VAN開発責任者の古舘茂氏(以下敬称略):私は初代N-BOXの開発にも携わっていたのですが、N-BOXをベースに商用車を作るということに、正直、戸惑いもありました。ただ、きっと新しいものが作れるのではないかという期待もあったので是非チャレンジしたいと思いました。
—-:開発のスタートはN-BOXと一緒だったのですか。
古舘:はい、同時でした。ただしN-BOXは乗用車です。我々はこれまでも乗用車の開発はしてきましたし、その一方でユーザーでもあります。しかし、商用車というと話は違ってきまして、我々は仕事であっても軽バンを普段使うことはあまりありませんので、どうしても使用シーンなどわからないことが沢山ありました。そこで、わからないのであればお客様に直接聞こうと、色々な職種の方にお話を聞いたり、様々な積載するものを実際に我々も試したり、そういうところから開発をスタートさせました。
—-:その時にはどういう業種の方々に話を聞いたのですか。
古舘:色々な職種の方が使われるのですが、その中でも代表的なのは例えば宅配業や、設備関連の仕事ですね。あとは移動販売のお客様にも話を聞きました。
—-:そこではどんな意見や要望が出てきましたのでしょう。
古舘:荷物を運ぶクルマなので、荷室を最大限使えること。荷物を沢山積めることというのはすごくいわれましたので、やはりここはしっかりとやらなければいけないと思いました。
その一方でどうしても荷物優先になっていますので、ドライバーシートなども意外と薄くて疲れてしまうとか、走ると結構うるさいので、もう少しでいいから静かにならないかといった声も聞かれました。
■荷物だけから荷物と人の両方が重要
—-:そうした意見のもとに出来上がったのがこのN-VANですが、他の商用車とここが違うというところはどこでしょう。
古舘:今までの商用車は荷物を積むこと、荷物が第一優先でした。逆にいえば荷物だけだったのかなと私は思います。しかしそこには実際に働く人がいます。そういった人にも目を向けていこう、荷物だけから働く人の運転や使い勝手も考えていこうというところが大きく違うでしょう。荷物だけから荷物と人の両方が重要だということです。
—-:もう少し具体的に教えてください。
古舘:今までの商用車はエンジンが床下にあるタイプが多いですが、今回はFFベースということで床が低くなりました。それをベースにした室内は、とにかく四角く広い空間を作ろうという考え方です。従って床は低く天井は高く、そしてできるだけ四角にしています。
一方で人への配慮ですが、中でも運転席だけは常にドライバーがいますので、そこだけはしっかりということで、ゆったりした運転席を実現しました。
そしてもうひとつ、今回は広い空間を作り、助手席をダイブダウンすることでその位置までフラットにしていますので、そこへのアクセスを変えようとピラーレスを採用しました。長ものをここから積んだり、大きなものを二人で入れたりなど、そんな使い勝手の利便性を提案しています。
次に走りの部分についてですが、荷物を積んで運ぶというのが前提のクルマですから、しっかりと荷物を積んでも加速したりスムーズに走れたりするようにしています。また、意見にもあった商用車はうるさいということを考え、商用車としては静かなクルマに作り上げています。
そのためにエンジンは、昨年フルモデルチェンジしたN-BOXをベースにし、トランスミッションはスムーズな走りを実現するためにCVTと、6速MTを採用することで静粛性にも貢献しています。また、時代背景を考え、安全運転支援システム、ホンダセンシングも商用車ですが標準装備としています。
■邪魔だから取ったピラー
—-:今お話に出ましたピラーレスにはとても驚きました。これは開発の最初から考えられていたのでしょうか。
古舘:実はピラーレスは当初アイディアにはなかったんです。まずはとにかく荷物を積めるようにという開発をしていましたので、助手席をダイブダウンしてフラットになるように作って。そしてそこに荷物を積もうとすると柱が邪魔になってしまったのです。だったらピラーレスがいいのではないかというアイディアに繋がっていきました。
しかし、本当に仕事の役に立つのかという疑問もあり、私も悩みました。実際に開発メンバーで色々なものを積んでみたり、最終的にはお客様の声を聞いてみたところ、仕事で十分使える、むしろすごく色々なことができるという声をもらえましたので、自信を持ってピラーレスを提案しています。
—-:一方で安全性という面では不安もあると思いますが。
古舘:実はピラーという柱がなくなっていますが、ドアの中にそういう構造体が入っています。従って衝突時、ドアは閉まっていますので安全性はしっかりと担保しながら大開口を実現しています。
—-:なるほど。では片側のみピラーレスにしたことで車体剛性などを確保するために特別な工夫はありますか。
古舘:車体剛性に関してはドアの構造体はほとんど役に立たないので、開口部の各部に補強を入れています。しかし、ただただ固めるというよりは右と左のハンドリングに与える剛性をしっかりと見ながらバランスを取り開発をしました。実際に乗るとその差を感じることはできないぐらいのバランスはとれています。
■6速MTはNAエンジンのみ
—-:またプラススタイルにはターボが設定されていますが、それには6速MTが用意されていません。その理由は何でしょう。
古舘:ターボはプラススタイルのみでトランスミッションはCVTのみの設定です。6速MTは自然吸気エンジンにしか設定していません。ターボグレードのマニュアルという設定はこれまでの傾向を見ても、市場としてはかなり少ないというのが実際としてあるのです。さらに今回搭載しているトルクフルな自然吸気エンジンと6速MTの組み合わせで充分走りも楽しんでもらえると考えていますので、ターボのMT仕様の設定は見送りました。
■スペアタイヤはリアバンパーを外して
—-:その他に苦労した点はありますか。
古舘:商用車として特徴的なところは、スペアタイヤを搭載していることです。最近のクルマはスペアタイヤではなく、修理キットで対応していますし、N-BOXもスペアタイヤは搭載していません。
しかし仕事で使うお客様は、いざという時にすぐに動けなければいけないのでスペアタイヤは欲しいという声がありました。そこでどこに積載しようか色々考えたのですが、当然荷室を狭くするわけにはいきません。色々考えた結果、リアのフロア下に搭載するスペースをやっと見つけたのです。しかし、今度はそこからどのように取り出すかが問題です。
開発のメンバーからはバンパーを外さないと取れないという声があり、それであればとバンパーを三分割にして取り出せるようにしました。実は結果からすると、今までは潜らないと取れなかったものが取り出しやすくなっています。
■こだわりの店の前に置きたくなるようなプラススタイル
—-:少しグレード体系についてもお話を聞かせてください。N-VANは商用車でありながらもプラススタイルとしてファンとクールというデザイン要素を盛り込んだグレードが設定されています。この狙いはどういうものなのでしょう。
古舘:商用車ですので色々な仕事で使われます。最近では雑貨屋や花屋などおしゃれなお店が増えていますので、そういったライフスタイルを表現しているようなお店に、N-VANも入っていきたいという思いがありました。そこで道具としてのクルマはそのままに、そこに“スタイル”を追加していくという意味で、プラススタイルというグレードを設定しました。そのイメージはすごくこだわりのあるお店の前に置きたくなるような、店の裏ではなく前に置きたくなるようなクルマになればという思いです。
鈴木:やはり仕事と生活が一体となった、そういう方にここぞという1台として選んでもらいたいと思います。趣味が仕事となり、そしてその仕事で思う存分使いたいという方々におしゃれな1台として是非購入してもらいたいです。事前に公開したウェブサイトにおいて、このファンとクールを見て、例えば車中泊や、趣味のバイクや釣りなどに使いたいというお客様の色々な声が寄せられていますので手応えを感じています。
■N-VANがあるからそこで働きたい
—-:7月13日に発売されて少し経ちますが、反響はいかがですか。
鈴木:非常に好評です。実はアクティバンと比べると、エンジンレイアウトの関係上、若干荷室長が短くなっているのです。これがネガに思われるのでは懸念していたのですが、実際は助手席を完全にフラットにして荷室長を確保しているので、大部分のお客様のニーズには応えていると思います。むしろこのパッケージだからこそ実現できた色々なメリットが支持されているようです。
—-:N-VANはこれからどんどん世の中に走り始めます。その時にどういった存在になって欲しいですか。
鈴木:我々ホンダが目指している、人々の生活の可能性を広げるということにおいては、さらに広がるクルマであると思ってもらえるのが一番嬉しいことです。そういった意味では商用車の新しい基準、新しい価値を提案できるのではないかと思っています。
また雇用者からすると、N-VANを使っているから人が働きに来てくれる、このクルマがあるから働きたいと、働く人が少ない中で、そういった面でも雇用主の方々の手助けになるような1台になってくれたら嬉しいですね。
古舘:Nシリーズは、日本の生活の中に寄り添うというクルマ作りを目指しています。N-VANは積んで運んでというシーンにおいて、一番身近なクルマでありたい。そういった働く人がN-VANをプライベートでも使ったりする、そういう人たちが少しでも楽しく元気になるような、そんなクルマになっていくといいですね。
そして結果的に我々の商品としても、すごく愛着を持って使ってもらえるような、そんな道具になっていけばいいというのが私の願いです。仕事だけではなく、プライベートだけでもなく、トータルで生活に密着できればなと思っています。