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「VWらしいデザイン」で登場したコンセプト『ID.2オール』、デザイナー満面の笑みのワケとは?
日本時間の3月17日未明にハンブルクで開催されたフォルクスワーゲン『ID.2オール』の発表会で、壇上に立ったアンドレアス・ミントは終始笑顔だった。2月1日付けでVWブランドのデザイン責任者に就任したばかりの彼が、なぜ満面の笑みで自信たっぷりに語ることができたのか?
◆ID.2を予告する二台目のコンセプトカー
『ID.2オール』は2025年に発売予定の小型BEV、『ID.2』を予告するコンセプトカーだ。VWのBEV専用プラットホーム「MEB」の最新進化版である「MEVエントリー」をベースとする。他のID.シリーズ各車はリヤモーターが基本だが、「MEVエントリー」はフロントにモーターを積むFFを採用。これにより現行『ポロ』とほぼ同じ4050mmの全長ながら、『ゴルフ』並みの室内広さとゴルフより大きな荷室(490リットル)を実現している。
VWが『ID.2』の予告編コンセプトを披露するのは、実はこれで二度目だ。2021年のIAA(ミュンヘンショー)で発表した『ID.ライフ』も、「MEB」のFF版プラットホームを使い、「スモールセグメントのID.モデルを予告するもの」と説明されていた。市販バージョンの価格については、ID.ライフでは「2万~2万5000ユーロ」とし、今回のID.2オールでも「2万5000ユーロ以下」と、実質的に変わりはない。
しかしデザインはまったく違うものになった。
『ID.ライフ』は「サステイナブルなアーバン・モビリティ」をテーマに掲げ、ピュアでタイムレスなデザインを意図した。無駄なものは何もないシンプルなフォルムは水平基調のプロポーション。ベルトラインからそのまま水平にボンネットを延ばしたところはクロスオーバーを連想させ、190mmという高めの地上高とあいまって、都市をアクティブに走るイメージを醸し出す。ボディ塗装のクリアコートにバイオ由来の硬化剤を使うなど、環境を意識した素材選択も特徴だった。
◆重視したのは「VWらしさ」
それから1年半を経て登場したID.2オールは、もっとコンサバティブで現実的なデザインであり、おそらく誰が見ても、ひと目で「VWだ」とわかるはず。そこがID.ライフとの最大の違いだ。
太いCピラーは初代ゴルフ以来、VWの2BOX車に受け継がれてきたアイデンティティ。ベルトラインでフォルムを上下に区切らず、キャビンとロワーボディを一体に見せるのも、長年にわたるVWらしさだ。ID.2オールでは、ルーフから太い2ピラーを経て、ショルダーラインより下の面までコの字型に面をつなげることで、フォルムの一体感を強調している。
発表会に戻ろう。クルマが壇上に現れると、技術開発担当役員のカイ・グルーニッツと新任チーフデザイナーのアンドレアス・ミントが登壇。まずグリュニックが「過去2か月間、この瞬間を待っていた。正直なところタフな時間だったが、やった甲斐はあった。モダンで、クールで、典型的なVWになったのだからね」とミントに問い掛け、ミントは「それこそがキーワードだ」と応じた。
やはり「典型的なVW」にすることがデザインの大きな狙いだったわけだが、気になるのはその前の発言である。「タフな時間だった」という言葉は、ミントがVWのデザイン責任者に着任してからID.2オールをデザインしたかのように聞こえる。しかしいくらなんでも今年2月1日の人事異動から2か月足らずでまったく新しいデザインを開発できるはずもない。
◆『ID.ライフ』は時期尚早だった?
2021年のID.ライフは当時のチーフデザイナー、ヨーゼフ・カバーンの指揮下でデザインされた。カバーンは1993年にVWに入社してアウディ、シュコダで要職を務め、2017年にBMWグループに転じた後、2020年7月にVWブランドのデザイン責任者に就任。古巣に戻って意欲満々でID.ライフをデザインしたことは、想像に難くないところだ。
しかし、ID.ライフが量産化への道に進むことはなかった。なぜID.ライフではダメだったのか? 謎を解く手がかりは、カバーンの処遇だ。
ミントにチーフデザイナーの座を譲ると同時に、彼は「クリエイティブ・アート・ディレクター」の肩書きを与えられた。今後はポツダムにある「フューチャー・センター・ヨーロッパ」(VWグループの先行デザイン拠点)を使って、VWブランドのためにモビリティ・ソリューションを開発する。ID.ライフで狙った「サステイナブルなアーバン・モビリティ」のテーマも、そこに含まれることになるだろう。
つまり、ID.ライフのデザインは時代を先取りしすぎていた。次世代量産車ではなく、もう少し先の実現を目指すべきもの。そう会社が判断したと推測できる。
対するID.2オールは、このまま生産できそうなほど現実的だし、「VWらしさ」を重視した手堅いデザインだ。2万5000ユーロ以下という競争力の高い価格で利益を出すには、スケールメリットが必要になる。幅広い人々に受け入れてもらうために、これまで培ってきたアイデンティティをしっかり受け継ぐことを選んだと考えれば、この保守的なデザインにも納得できる。
◆秘密のガレージのエピソード
それにしても、ID.2オールのデザインをいつから開発していたのか? この大きな疑問がまだ残るので、謎解きを試みてみたい。
アンドレアス・ミントはVWグループのベテラン。初代『ティグアン』や7代目ゴルフのエクステリアを手掛け、アウディのエクステリア責任者を経て、21年3月からベントレーのデザイン統括を務めていた。
VWからアウディに移ったのは2014年2月のこと。現在のアウディのチーフデザイナー、マルク・リヒテと一緒に移籍したのだが、実は二人はそれ以前からアウディのデザインに携わっていた。2018年春のジュネーブショーでミントにインタビューしたとき、彼の次のような発言に衝撃を受けたものだ。
「ある場所に秘密の部屋が用意された。ガレージのようなスペースで仕事を始めた。13年の夏にはアウディの新しいデザイン戦略を固めていたよ。もし自分たちがアウディに移ることになれば、賢明な戦略が必要だからね」
VWに所属しながらアウディのデザイン戦略を作っていた。もちろん当時のアウディのチーフデザイナーは蚊帳の外だ。その戦略が経営陣に認められて二人がアウディに正式に移籍。リヒテが全体チーフ、ミントがエクステリア統括となって、開発が進んでいた『A8』のデザインをやり直し、さらに『A7』、『A6』を矢継ぎ早にデザインした。
◆次世代VWのデザイン戦略をミントが立案した?
これはあくまで推測だが、今回のID.2オールでも同じようなことをやったのではないか? 21年2月までアウディにいたミントが、次世代VWブランドに向けた新しいデザイン戦略を立てていたという推測だ。そしてそこにID.2オール的なデザイン案もあり、ID.ライフがデビューした21年9月のミュンヘンショーの後に、ミントの戦略が経営陣に承認されたのだとしたら…。
ミントがアウディからベントレーに移ったのは、前任のシュテファン・ジーラフが中国のジーリーに電撃移籍したからだ。ミントの後任にはエクステリア責任者だったトビアス・シュールマンが昇格。ベントレーで2年足らずのショートリリーフを務めたミントは、VWブランドのチーフデザイナーに就任した。アウディ時代に立てたデザイン戦略が承認されていたとすれば、彼こそVWブランドのデザインを担う適材だ。逆に言うと、そうでなければ、2年足らずでベントレーから呼び戻す理由がない。
ベントレーへの出向という曲折を経ながらも、自らのデザイン戦略の第一弾となるID.2オールを発表できた…そんな感慨と満足を、筆者は壇上のミントの満面の笑みに感じ取ったのだった。