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「ワーゲンバス」いよいよ復活へ、20年の紆余曲折を振り返る
フォルクワーゲンは11月3日、『ID.5』をオンライン発表。そのなかで、もうひとつのニュースがあった。『ID.BUZZ(アイ・ディー・バズ)』のプロトタイプが画面に登場し、販売/マーケティング担当役員のクラウス・ツェルマー氏が「来年早々に発表する」と明らかにしたのだ。
VWのバッテリーEV、ID.シリーズは『ゴルフ』級ハッチバックの『ID.3』に始まり、クロスオーバーSUVの『ID.4』、それよりワンサイズ大きな中国向けSUVの『ID.6』と続き、そしてスタイリッシュなクーペSUVであるID.5がデビューした。シリーズの第5弾となるID.BUZZは2列シート・ミニバン。その外観に往年の『タイプ2』(いわゆるワーゲンバス)のイメージが宿ることは、カモフラージュのラッピングが施されたプロトタイプでも容易に想像できるだろう。
タイプ2を現代に蘇らせる。その道程は20年前に遡る。ID.BUZZのデビューを間近に控えた今、VWが辿ってきた紆余曲折を、コンセプトカーを手掛かりに探ってみたい。
◆マイクロバス・コンセプト(2001年)
2001年のデトロイトショーで、VWはマイクロバス・コンセプトを発表した。全長5mの3列シート・ミニバン。高いベルトライン、それによる天地の狭いサイドウインドウ、ツートーンのカラーリング、そしてノーズの大きなVWマークなど、タイプ2(初期のT1型)のスタイル要素を色濃く打ち出しながら、しかしレトロな匂いはないモダンなデザインのコンセプトカーだった。
デザインを担当したのは、VWのカリフォルニア・スタジオ。98年発売の『ニュービートル』もここで原案が生まれた。『タイプ1』(ビートル)のイメージをシンプルかつモダンに表現するという手法が、そのままマイクロバス・コンセプトに応用されたわけだ。
当時の北米市場はミニバンが大ブームで、クライスラーがそのトレンドを牽引していた。VWもタイプ2の系譜を受け継ぐT4型『ユーロバン』(日本名はヴァナゴン)を投入していたが、輸入車ゆえに価格面で不利なことに加えて商用車イメージが強いこともあって販売は低迷。そこで、T4型をベースとしながらも、アメリカでも絶大な人気を誇ったT1型タイプ2のイメージを持つニューモデルで起死回生を図りたい。これは必然の作戦だったと言えるだろう。
実際、米国VWは翌2002年、マイクロバス・コンセプトを量産化すると表明。新しいT5型(日本には未導入)のプラットフォームを使って03年から生産する計画だったが、これは04年にキャンセルされた。ミニバン市場は価格競争が厳しく、欧州からの輸入では太刀打ちできない。当時まだ北米に生産拠点を持っていなかったVWにとって、キャンセルは苦渋の選択だった。
◆ブリー・コンセプト(2011年)
2011年春のジュネーブ・ショーで発表されたブリー・コンセプトは、タイプ2のイメージを活かしながらも、全長4mというコンパクトなサイズ。同年の東京モーターショーにもやって来たから、ご記憶の人も多いだろう。ちなみに「ブリー」の名はT1型タイプ2のドイツ本国での車名を復活させたものだ。
10年前のマイクロバス・コンセプトの精神を磨き上げて、よりコンパクトでサステイナブルに進化させたのがブリー・コンセプト。フラットフロアを持つ2列シート・6人乗りのミニバンとして、北米だけに頼らずに「タイプ2復活」の可能性を探るコンセプトカーだった。
プラットフォームはMQB。翌12年に発表された『ゴルフVII』で初めて量産化されたVWグループのFF系統合プラットフォームを、実はブリー・コンセプトは先行採用していた。さらに注目すべきは、バッテリーEVを標榜していたことだ。40kWhのリチウムイオン電池を積み、航続距離は300kmと謳った。
振り返ればMQBの発表当時、VWはその多用途性を強調し、ホイールベースや全高の異なるさまざまな車種に適用できるばかりか、バッテリーEVも展開できるとしていた。事実、VWは2013年にゴルフVIIベースのe-ゴルフを送り出している。
ブリー・コンセプトはジュネーブでのデビュー後、量産化の噂が絶えなかった。そこで東京モーターショーでVWブランドのデザインディレクター、クラウス・ビショッフに聞くと、「もちろん生産するよ。そう遠くない将来にね」と、自信に満ちた笑みと共に答えてくれたものだ。それがID.BUZZで実現するまでに10年かかるとは、彼にとっても想定外だったに違いない。
◆Budd-eコンセプト(2016年)
2016年1月、ラスベガスのCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で発表されたBudd-eは、現在のID.シリーズにつながるVWのEV戦略を世に問う第一弾だった。これも2列シート・ミニバンだが、全長を4.6mに延ばしたプラットフォームはMEB。VWがバッテリーEV専用にMEBプラットフォームを開発していることが、このBudd-eで初めて明らかにされたのだ。
ブリー・コンセプトからの5年間で、VWはMQB派生でバッテリーEVを作ることから、専用プラットフォームへと大きく方針をシフトした。それはつまりバッテリーEVに大きな未来があると、判断していたことを意味する。しかもBudd-eのホイールベースは3152mmと、乗用車としては非常に長い。MEBプラットフォームの多様性も示唆していた。
だからだろう。Budd-eのデザインは、高いベルトラインに往年のタイプ2のイメージを受け継ぐものの、フロントにはまるでエンジン車のようなグリルを備えるし、マイクロバス・コンセプトやブリー・コンセプトとは違ってルーフだけを塗り分けた今風のツートーンだ。タイプ2への回顧をあえて捨て、そういうニッチなニーズに頼らない姿勢を見せたところに、将来のバッテリーEVに向けた意欲を感じさせるデザインだった。
◆I.D.BUZZ・コンセプト(2017年)
Budd-eから8か月後、17年秋のパリサロンで、VWは後のID.3を予告する『I.D.コンセプト』を発表。まずはメインストリームのゴルフ級ハッチバック市場で、EV戦略を本格展開することを示唆した。ここからID.シリーズの車種展開を予感させるコンセプトカーが次々に登場するのだが、その口火を切ったのが17年1月デトロイトショーの『I.D.BUZZ・コンセプト』だった。
もちろんこれもプラットフォームはMEBだが、全長は前年のBudd-eからさらに延びて5m弱。01年のマイクロバス・コンセプトとほぼ同じサイズの3列シート・ミニバンに戻った。
フロントパネルからウインドシールドへと段差なくつながるノーズは、往年のタイプ2により忠実なデザイン。前作Budd-eとは違ってボディサイドのショルダーでツートーンを塗り分け、さらに過去3作ではブラックアウトしていたA~Cピラーをボディ色(ツートーンのアッパー色)にしたことも含め、タイプ2への回顧を明確にしたデザインだ。
Budd-eではEVの幅広い可能性を予感させるためにいったんモダン方向に振り、それを経て、「タイプ2復活」への変わらぬ意欲をこのI.D.BUZZ・コンセプトで表明したということなのだろう。結果的に言えば、2001年のマイクロバス・コンセプトから続いてきた「タイプ2復活」の紆余曲折は、ここで一応の決着を見たわけだ。
ただし、フロントパネルを透過するLEDの光で表現されたヘッドランプなど、ディテールのデザインはいかにもショーカー。インテリアはその印象がさらに強く、例えばI.D.コンセプトと同様に自動運転モードでステアリングが格納されるのは、いつ実現するともわからない。17年ジュネーブショーでI.D.BUZZ・コンセプトを見た筆者は、量産化に向けた本気度を疑ったものだ。
ちなみに、「バズ」の車名は往年のタイプ2=ワーゲン”バス”を連想させるが、それだけではない。英語のbuzzは「昆虫の羽根音」を意味し、バッテリーEVの静粛性を象徴する。
◆I.D.BUZZ・カーゴ(2018年)
VWは17年春の上海ショーで『ID.クロス』(後のID.4)、19年秋のフランクフルトショーで『IDビジョン』(量産版はまだ未発表のセダン)、19年春の上海ショーで『IDルームズ』(後のID.6)など、量産の乗用EVを予告するコンセプトカーを披露。その間に18年のハノーバーショーでは、I.D.BUZZ・コンセプトを商用バンにアレンジした『I.D.BUZZ・カーゴ』を披露していた。
I.D.BUZZ・カーゴは積載量800kgのデリバリーバンのコンセプト。外観のデザインはI.D.BUZZ・コンセプトのBピラー以降のウインドウをパネルで覆っただけに見えるが、ホイールベースは3300mに、全長は5048mmに延びている。この寸法差が次につながるとは当時、予想もしなかった。
◆ID.BUZZ・AD(2021年)
2021年9月、IAA=ドイツ国際オートショーはこれまでのフランクフルトからミュンヘンに場所を移し、IAAモビリティ・ミュンヘンとして開催された。そこでVWが発表したひとつが、自動運転プロトタイプの『ID.BUZZ・AD』だ。
Bピラー以降に窓がないところにI.D.BUZZ・カーゴのイメージを受け継ぐが、そのデザインは「もうこれが量産型」と思えるほど現実的。おそらく量産型ID.BUZZにも商用車バージョンがあるのだろう。
ホイールベースと全長はI.D.BUZZ・カーゴと同じ。1976mmの全幅も同じだ。I.D.BUZZ・カーゴのデザインが、I.D.BUZZ・コンセプトのイメージを尊重しつつ、実は量産型ID.BUZZをベースにしていたことがこの寸法諸元から窺える。
ID.BUZZ・ADは自動運転のためのさまざまなセンサーを装備することに加え、ボディは印刷したフィルムでラッピングされている。量産型ID.BUZZのデザインはまだ見せないという意図なのだろうが、そこから読み取れることもある。
ラッピングはフロントパネルの開口線の外側までヘッドランプを描いているが、これはありえない。量産型のヘッドランプは開口線に沿った形状になるだろう。日本のスーパーハイト系軽自動車と同様にAピラーは2本あり、前側のAピラーがボディ色で、後ろ側はブラックアウト。B/Cピラーに挟まれたスライドドアのウインドウは昇降しないハメ殺しであり、そこからその後ろのクォーターウインドウへはフラッシュにつながっている。となればID.BUZZ・ADではラッピングされているB/Cピラーも、量産型ではブラックアウトになるだろう。
2017年のI.D.BUZZ・コンセプトがピラーをすべてボディ色にしていたことを思うと、量産型のデザインは往年のタイプ2を連想させるレトロ感が少し薄れそうだ。そこで気になるのは、ツートーンをどうするのかということ。往年のタイプ2のイメージを再現するためにツートーンは欠かせないが、ID.BUZZ・ADのフロントをよく見ると、フロントパネルの開口線がボディサイドのショルダーラインにつながっている。ここで塗り分ければよい。量産ID.BUZZにツートーンが設定されることは間違いないだろう。
2001年のマイクロバス・コンセプトから20年。「タイプ2復活」への長い道のりが完結する日は近い。ID.バズのデビューを、楽しみに待とうではないか!