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「市販化予定なし」と明言するEV版「R32 GT-R」、RB26エンジンも再現した音と走り、そのねらいとは

  • 《写真撮影 内田俊一》
  • 《写真撮影 内田俊一》
  • 《写真撮影 内田俊一》
  • 《写真撮影 安藤貴史》
  • 《写真撮影 安藤貴史》
  • 《写真撮影 安藤貴史》
  • 《写真撮影 安藤貴史》
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  • 《写真撮影 安藤貴史》

日産自動車は「東京オートサロン2025」に『スカイラインGT-R(R32)をEVにコンバートした『R32EV』を出展した。30年以上も前のクルマながら今もなお人気の高いR32をEVにするとあって話題を集めたR32EVだが、市販の予定はないという。ではその目的とは一体何なのか。日産のエンジニアに直撃した。

◆オリジナルへのこだわりと最新EVならではの変更点
実車を見ると一見ほとんど変更はなく、当時のR32GT-Rそのままに見える。しかし、より詳しく観察するとタイヤとホイールのサイズが違うことに気付く。オリジナルは16インチであるのに対し、18インチにアップされている。

その理由について、日産パワートレインEV技術開発本部 エキスパートリーダー 上級技術参与(パワートレインシステム)工学博士の平工良三さんは、「電動化するにあたって車重が1.8トン近くになってしまった。そこでブレーキを強化する目的で現行R35GT-Rのブレンボを採用したことからこのサイズになった」と説明する。ただし、ホイールデザインはオリジナルを忠実に再現。「本当はどこも変えたくなくて、オリジナルそのままのR32GT-Rにしたかった」とこだわりを語る。それ以外はマフラーがないこと、フューエルリッドを開けると充電口になっている程度の違いしかない。

室内も“雰囲気”はそのままだが、最大の違いは2シーターになっていることが挙げられる。「もともとバッテリー積むような車体ではない(スペースがない)ので、リアシート部分にバッテリーを搭載した」と明かす。

シートはレカロ製で、「当時のものがなかったので、それを彷彿させるような生地を探してもらい新調。当時のものに極めて近い状態の生地をいま入手可能なもので仕上げてもらった」という。

さらに驚くのはメーターパネルだ。当時のままのメーターに見えるが、すべて液晶化されている。「実はすでに針が手に入らないなどがあり、また壊れると修理が難しい状態となっていることから、より長く使える状態を狙って全部液晶化した」と平工さん。しかし、「オリジナルと見間違うぐらい綺麗に作っているので、オリジナルの雰囲気を全く壊さないことを前提にしている」とここにもこだわりが見える。

当然シフトノブやステアリングもオリジナルにいかに近づけるかに苦心した。シフトはMTではなく通常のPRND並びのATではあるが、R35GT-Rのものを採用。しかし「シフトノブは全く同じデザインで、ブーツカバーも同じもの」という。

なお、パワーユニットは、160kWhのバッテリーを前後2基搭載しているが、システムユニットトータルでは240kWhとされた。「例えばリアが最大値の160kWhになった場合、フロントは80kWh出るスペック」とのことだった。

◆RB26DETTのエンジン特性や揺れ方、ターボラグも再現
ここまでオリジナルのR32GT-Rにこだわる理由は何か。それは今回のプロジェクトの本質に起因する。平工さんは、「いま電気自動車は、滑らかに速く気持ちよく走るようになった。しかし、30年前のクルマに乗ると楽しい。その楽しいというエッセンスと速いというエッセンスは別。ではそのエッセンスとは何だろう。それを抽出するスタディがこのプロジェクト」と説明する。

平工さんが捉えているそのエッセンスとは「音や振動、駆動力の特性だと考えている。このクルマは普通にEVとして走ることもできるが、モードを切り替えると音と振動、それから駆動力の特性の全てが当時のR32GT-Rを再現する。音にもかなりこだわって、単に音を再現するだけではなく、R32GT-Rに搭載されていたRB26DETTのエンジン特性や揺れ方などを全部研究して再現するようにチャレンジした。その結果、アイドリングから踏んだ時の音がかなりオリジナルに近い状態で再現できる」と語る。因みにターボラグまで再現されているそうだ。

駆動力配分は、「基本は4:6だが変えられる。制御でいくらでも作れ、そういうスタディをやるためのクルマ。例えばe-4ORCEのようなリアルタイムのトルク配分を制御するのがいいのか、もしくは固定配分がいいのか、あるいはアテーサE-TSのように駆動力がかかった瞬間に配分するのがいいのか。いずれも再現できるのでそれらをいろいろ試して、どういう状態が一番運転して楽しいのかを試していく」と話す。同時にR32GT-R時代にはVDC(ビークルダイナミクスコントロール)などもなかったので、「今後は様々なトライをしていく」とのことだった。

◆30年前に感じた楽しさを、30年後にも残すという使命
このプロジェクトを始めた理由について平工さんは、「日産は電動車の開発をしており、『アリア』や『エクストレイル』などとても運転しやすく、しかも同乗者にもストレスをかけない性能ができた。そうしたクルマの開発中にテストコースにR32GT-Rや『シルビア(S13)』などがあって乗ってみることもある。そうすると現代の電動車とは違った高揚感があって、それは昭和生まれだけでなく平成生まれの若手メンバーも同様で、電動車とは違ったエモーショナルなフィーリングを感じるといわれる。これをどう残していくか」という課題からスタートしたようだ。

同時に、30年前のR32GT-Rがいまから30年後に、「コンディションの良い状態で運転するという実現性はどのくらいあるのか。特に一般のお客様がそのフィーリングを体感することは非常に難しい状態になっていくのでは」という危惧もあった。

そこで平工さんは、「この30数年前のクルマで感じる高揚感やワクワク感は日産の重要なヘリテージ」と捉え、それをどうやって残すかを考えた。特に、「特別なハードウェアではなく、30年後にもあるようなハードウェアだけを組み合わせて同じようなフィーリングを実現して残せないかを考えた結果」という。つまりアナログ的なガソリン車の良さをデジタルでどれだけ再現できるかということだ。

同時に電動化はこの活動において必要なことだという。「この楽しさをスタディするためには内燃機関ではこのままで最適化してしまい、ほかの方法が見つけられない。しかし電動化であればいろんな状態を作りだし、どういう状態が一番楽しいかをスタディできる」とし、「ここで見つけた良いエッセンスを量産車に、本当にやりたい。運転して楽しいということは何だろうというエッセンスをこのモデルからどんど抽出し、それがちゃんと設計仕様として固まれば内燃機関でも製品化出来る」。だからこそまずは忠実にR32GT-Rを再現しなければいけないのだ。「R32GT-Rは運転していて間違いなく楽しい。その楽しいのエッセンスをどうやって取り出すかの手段として、まずは再現する」ことがキーなのだ。

最後に平工さんは、「我々はこれを30年間磨くという構想。毎年アップデートしていく。私の希望は、私がいなくなった後も30年後まで磨き続けて30年後に改めてどうなったか見に来たい。そして、コンバージョンのEVで(楽しさを)再現できたのだから、他のEVでもできないわけがない」と将来の日産のEVで再現させていきたい思いを示唆した。

いま日産は苦境に立たされている。その理由は様々あれど、商品と市場を軽視しすぎた感もなくはない。だからこそこういった活動こそがいまの日産には必要なことではないだろうか。日産のヘリテージをいかにEVに盛り込むか。そこから次の1歩が踏み出せるように思う。