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ADASや自動運転に貢献する「高精度3次元地図」…今までの地図データとは何が違うのか 解説
ホンダが新型『レジェンド』で世界初の自動運転「レベル3」を実現するなど、クルマの自動運転化が急速に注目されている。その技術の中核を担っているのが、国家プロジェクトとして進められている高精度デジタル地図「HDマップ」だ。そのカギとなるテクノロジーについて解説する。
◆「ガイド線」が高速道路での快適性や安全性に大きなメリットをもたらす
ダイナミックマップ基盤(DMP)は2021年4月7日、一般道も含む高精度3次元地図データ(HDマップ)を2023年度までに実用化することを発表した。DMPは国内の自動車メーカー10社に加え、ファンドや地図メーカー、測量会社、計測機器メーカーなどの出資によって誕生したいわば“オールジャパン”体制で発足した会社でもある。その目的は自動運転の実現に欠かせないHDマップの開発・提供で、今回の発表により、その事業は新たな段階を迎えることになったのだ。
DMPでは高速道路など自動車専用道路でのHDマップを整備済みで、20年度までにその総延長距離は上下線で計約3万kmを超えている。このHDマップは、世界で初めて自動運転レベル3を実現した新型レジェンドの「Honda SENSING Elite」をはじめ、スカイラインの「プロパイロット2.0」、Lexus LSと燃料電池車MIRAIに搭載する「Advanced Drive」にも活かされている。これによってセンサーだけを使う従来型先進運転支援システム(ADAS)を超える、高速道路での快適性や安全性に大きなメリットをもたらしているのだ。
では、HDマップを活用するとどうして快適性や安全性が向上するのだろうか。多くの方がご存知のようにADASでは、人間の目や耳に相当する各種センサーを備え、それを脳にあたるECUが状況を判断して車両に制御を与えている。そのため、「センサーがあれば自動運転は実現するのではないか?」と考える人がいても不思議ではない。ところがその制御は決してスムーズな走行にはつながらない。理由はセンサーでの制御はあくまで発生した事象に対処して制御を行うものとなっているからだ。
カーブのトレースを例にとって説明しよう。カーブを認識するのは基本的にカメラの役割で、主として白線を捉えてその曲率を計算し、車線内を走行しようとする。しかし、その計算はおおよそのものであって、実際には白線をはみ出すか、はみ出そうとする状況になって初めて制御が加えられる。そのため、車線維持機能を備えていたとしても、その動きはどうしてもギクシャクとしたものになってしまうのだ。
◆“cm級”の高精度がハンズオフ走行時に大きな安心感を生み出す
これに対してHDマップでは、車両を誘導するガイド線(車線中央線)を地図上に埋め込んでいることがポイントとなる。このガイド線は車線ごとに埋め込まれて表には出てこないが、これを利用することで、まるでレール上を走る列車のように正確かつスムーズに車両を誘導できるようになるのだ。
また、このガイド線は進行方向の“先読み”を可能にする。道路のカーブやアップダウンがその先にあっても余裕を持って対処でき、さらにガイド線があることで雨天などによってセンサーでは車線を読みにくくなったり、カーブが連続する山道などでも確実に車線を追い続けることができる。つまり、HDマップが持つ高精度が結果として、安全性や乗り心地といった快適性向上につながっているというわけだ。
ここで、HDマップの高精度が乗員に快適性をもたらす一例を紹介したい。それはレクサス『LS』と燃料電池車のトヨタ『MIRAI』に搭載する「Advanced Drive」での体験だ。
自分の経験として、ACCを使ってトラックなど大型車の隣を通過する際、何となく吸い寄せられるような怖さを感じるときがある。それについてAdvanced Driveの開発者は、「ドライバーが操舵しているときは無意識のうちにトラックから離れて怖さから回避する行動を起こしているが、ACCではそうした配慮は行われない。これが吸い寄せられる印象を与えている」と説明する。
そこで「Advanced Drive」のハンズオフ走行では、大型車の右隣を通過する際にドライバーが無意識で右側にシフトするのと同様なプログラムを組み込んだ。
これはHDマップにあるガイド線とcm級の高精度な道幅情報を元に、シフトできる量を計算することで可能になったもので、実際に体験してみると意外にもシフトしている感じは伝わって来ない。しかし、怖さも感じない。つまり、体感できないシフトで同乗者に怖さを感じさせないように配慮する動きを見せているのだ。この乗員に対する思いやりは、「高精度なHDマップがなければ実現は不可能だった」と先の開発者は話す。まさに、HDマップが持つ高精度なロケーションが車線内でのわずかなシフト走行を可能とした好例と言えるだろう。
◆一般道へ対象を広げ、23年にはその範囲は現在の約4倍にまで拡大
そして2023年度からはいよいよこのHDマップが一般道で本格的に展開される。その総延長距離は上下線を合わせると現在の約2.倍となる約8万km。翌24年には一気に約13万kmと現在の4倍以上の距離にまで広がる見込みだ。このエリア拡大は高度なADASに役立てるのはもちろん、その先にある一般道での自動運転の普及を見据えてのこと。もちろん、一般道での自動運転がすぐに実現するわけではないが、自動運転の開発を進めるためにもHDマップは先行して準備されていなければならない。
とはいえ、一般道でのHDマップの整備にあたっては、高速道路など自動車専用道路とは違ったデータも必要となる。その代表とも言えるのが信号機や停止線、標識などの「実在地物」であり、加えて交差点などで途切れる白線の代わりにガイド線などの「仮想地物」の整備も欠かせない。
加えて、クルマを走行させていて無視できないのが、必ず発生する進行方向に対するズレだ。実は車両のロケータやECUなどを用いても誤差は蓄積される。タイヤも僅かながらスリップを発生しており、これらが誤差となって反映されてしまうのだ。そこで、HDマップでは道路標識やガードレールの位置などを高精度にデータ化し、この実在地物の情報を元に位置補正を加えていくことで正しいロケーションを得ているというわけだ。
中でも実在地物で対応が難しいのが信号機で、交差点内にも複数の信号機があり、街の中に存在する多くのイルミネーションやハイマウントストップランプなどとも区別して認識することが求められる。そこでHDマップでは交差点の停止線ごとに信号機を紐付け、そこには高さ情報を加えて確実に信号機を認識できるよう工夫しているのだ。
◆制作過程のコスト削減により、世界に先駆けたHDマップの普及を目指す
こうした整備を行っていく過程では、モービルマッピングシステム(MMS)を搭載した専用車両で道路を測量し、収集した点群データからHDマップを生成している。この手間は膨大で、それはコストアップに直結する作業でもあり、さらに整備後のメンテナンス費用もコストとして積み上がっていく。これらをそのまま展開していればデータは高価なままとなり、採用の裾野は広がっていかないのは自明の理。今後はその実現に向け、価格の引き下げるためとしてHDマップで本当に必要なデータは何かを見極めることも重要になっていくだろう。
そうした中、ダイナミックマップ基盤は、このコストを削減することを目的として2019年4月、HDマップで経験豊富な米国のUshr(アッシャー)社の買収に踏み切った。アッシャー社は道路でのデータ収集から地図データの作成までの効率化・自動化を進め、コスト削減につながるノウハウに長けているという。ダイナミックマップ基盤ではこれを機に、今後は日米でHDマップのデータフォーマットを統一し、コスト削減へとつなげていくことにしている。
日本はコンパクトカーにおいてもADASの普及が急速に進んでいる国の一つと言われる。そうした背景を踏まえれば、先進的な運転支援としてより恩恵が受けやすいのは日本のユーザーなのかもしれない。HDマップの低価格化が順調に進めば搭載車種の裾野は広がり、より多くの人がHDマップの恩恵にあずかれるようになるだろう。ダイナミック基盤の働きによりそんな日が早く訪れるのを期待したい。