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【ホンダ N-ONE 新型】「大事な人を乗せてほしい」という思いから生まれた…インテリアデザイナー[インタビュー]
ホンダから登場した新型『N-ONE』のインテリアは、「変わらないこと」にこだわったエクステリアとは対照的に大きく変化した。
それは、ミニマルを掲げて徹底的に無駄な空間を削ぎ、くつろげる広さ感とユーティリティを持たせ、運転に集中出来る楽しさを生み出すように開発されたという。
◆ミニマル、爽快感が足りない!
「開発当初はミニマル、くつろぎ、楽しさの3つのキーワードで、通常通りアイディアスケッチを行い、その中から2案に絞り、クレイモデルを作った」と話すのはインテリアデザインを担当した本田技術研究所オートモービルセンターデザインプロダクトデザインスタジオ研究員の田中丈久氏だ。
そのクレイモデルを見て田中氏は、「すごく圧迫感があってミニマルさが足りない。『N360』に乗った時に感じた爽快感が足りないと、インテリアもエクステリア同様に再考することになった」と明かす。
「自分たちが目指し、求めていたのは人中心に機能や使い勝手を考え、それ以外を削ぐことによってスッキリしてゆったりくつろげる空間。そしてわかりやすく簡単に扱えて、運転が楽しくなりそうな室内であり、また、ちょっとワクワクするような空間を生み出したかった」
しかし、「これはスタイリングテイストではないのでスケッチではわからない。そこで現物を使って徹底的に削いでいこうということになった」と要因と対応について説明した。
ここから骨格の再考が始まり、「本当に機能のない部分を徹底的に削ぎ落とした」。具体的には、クレイモデルを作って機能を置き、それ以外を削いでいったのだ。田中氏によると、「通常はスケッチを描いてそれに合わせてクレイでモデルを作っていくので、それ程クレイは使わないのだが、このクルマは軽にも関わらず1日で3倍ぐらいのクレイを使った」と述べ、必要以外を削ぎ落とす作業がトライ&エラーだったことを示唆。
その結果の一例は助手席インパネ下側のセクションだ。「そこをノコギリで大胆に削ぎ落とすことで、180cmくらいの大柄の男性が足を組んでくつろげる空間を生み出せた。こういった空間を“くつろぎの価値”と定めて、形から逆に提供価値を見出していくやり方も取り入れた」という。
先代は、ティッシュトレーが助手席下にあった。それを単純に削いでなくすのではなく、シートを削いだセンター部分にコンソールをレイアウト。そこにティッシュトレーを移すことで、「ユーティリティは向上しつつ広さも確保することで、くつろげる価値として生み出していった」と語る。
その価値を生み出す方法として田中氏は、「削ぐことで出来た形を最小限に繋ぐのではなく、提供価値を明確化する(そこで何が出来るか)といういままでとは逆のアプローチで進めた」という。具体的には、「くつろぎは、足が組める広い空間。楽しさは削ぐことでメーターは大きく見やすくなり、立体的でわかりやすくなることで運転が楽しくなる。そういう空間を明確化していった」とのことだ。その結果、「くつろぎと楽しさが感じられるインテリアに刷新した」と述べた。
そして田中氏は、「是非助手席に座ってもらいたい。徹底的に広くしたのでそれを実際に体感して欲しい。このクルマを開発する時に、助手席に大切な人を乗せてくつろいで欲しいという思いでその辺りをデザインした」と思いを語った。
◆ミニマルでくつろげる空間
インテリアデザインについて、より詳細に田中氏に語ってもらおう。
—-:先ほどお話にも出た通り、変えないことが重要というエクステリアと同じように、インテリアも途中でやり直ししたのですね。
田中丈久氏(以下敬称略):変えないということがホンダ社内としてもチャレンジでした。ただし、エクステリアデザインで形を変える必要はないのではないかと気づいたように、インテリアでも「N-ONEらしさ」が出ない時があって、もう一度立ち返って考えてみると、お客様の気持ちに嘘をついているのではないか、そう思ったのです。
—-:今おっしゃった「N-ONEらしさ」とは何ですか。
田中:N360の価値を引き継いでいる、その価値のひとつひとつがN-ONEらしさになっていると思っています。単純にシンプルで親しみやすいということではなく、そこよりもっと深い部分が繋がっているということがN-ONEらしさです。
—-:ではN360の価値とは何でしょう。
田中:それはMM思想(マン・マキシマム・メカ・ミニマム)をやりきったミニマルさということと、それでいてくつろげる空間や、運転が楽しくなる。そういう空間です。
—-:個人的にはもうひとつ、持つことの喜びがあったのではないでしょうか。このクルマを持つことによって生活が楽しくなるとか、そういう存在価値が当時のN360にはあったのでは?
田中:それは確かにあります。当時は家族4人のクルマであったのに対し、このN-ONEは独身層や子離れ層をターゲットにしていて、ちょっと意味合いは変わってくるとは思いますが、そういう人たちが出かけたくなるとか、一緒に、共にしたくなるという意味では一緒かなという気はします。
◆シンプルさは中身から磨く
—-:田中さんが最初にインテリアの担当に決まった時、どう思いましたか。
田中:単純にN-ONEのデザインが好きなのでいいなと思いました。しかしN-ONEを紐解いていくと、すごく真剣に作られていて、シンプルにすることはすごく難しいと途中で気づいて、そこからは大変でした。
しかし、その哲学を勉強していくのはすごく楽しくもありました。僕も積極的に学べましたし、そうすることでホンダのクルマをとても知ることが出来たのです。その結果、シンプルにすることは表層ではなく、中身から磨いていかないといけない。そういうデザインの仕方は先代よりも出来たと思っています。
初代N-ONEが出た当時はN-BOXと2台のラインナップでしたが、N-WGNの登場によってN-ONEの価値は、よりスペシャリティなものに変わっていきました。また、安全性を高めたい、もっと走りを高めたいという要求もすごくあったのです。そこで内装でも(お客様が)求める空間の意味が変わってきます。そういう手がかりみたいなものを見つけていって、デザインしていくという瞬間が面白かったですね。
—-:例えばどんなことが勉強になったのですか。
田中:シンプルというのはモチーフで描くと、線を減らすということを描きがちですが、突き詰めたシンプルさというのは機能美です。機能がきれいに整っているからこそ形が美しくなっていくので、エクステリアのサイドビューはそれがばっちり出来ています。インテリアも新しくバージョンアップしましたので、それに伴って形を研ぎ澄ませています。そういうところを学べました。
—-:N360でそういったことをすごく感じたのですね。
田中:はい。N360に乗った時に雑な言い方ですが、いまのクルマは重たいな、無駄だなあと思ったのです。N360くらいだったら簡単に扱えそうだし、どこにでもいけそうだという感じがすごくしました。単純に楽しそう。表層ではない感じがすごくしたんです。
—-:クルマから楽しさが滲み出ていると。
田中:そうです。ここまでいけたらうれしいな、という思いでデザインしました。それが原点です。
—-:それで色々なところを削っていったのですか。
田中:はい、削りました。スッキリしていてすごく軽い空間になったと思います。扱いやすそうな感じなどを出したくて削いでいきました。
—-:デザインステッチでは生まれてこなくて、クレイモデルを作って削っていったと。
田中:そうです。実は当時、とても悩みました。しかも軽はもともと特にハードルが高く、要件も厳しいのですが、だからこそ真似出来ないデザインが出来るのではないかと思いました。もともとスケッチで展開するよりも体を動かしてデザインする方が好きなので、開発するのはめちゃめちゃ面白かったですね。
コンピューターなどを使ってデザインするのではなく、ホワイトボードなどにみんなで描いてこんな感じとかで進めて、その横でモデラーさんがガンガン進めてくれました。
—-:今回はモデルありきなのですね。
田中:まさにそうです。モデラーの職人がいなかったら絶対に出来ませんでした。要所要所のアイディアはデザイナーも出すのですが、それを整えていくモデラーのスキルはとても大事です。
◆助手席から決めていったインテリア
—-:インテリアは初代を踏襲しつつとはいえかなりイメージは変わっています。その辺りのこだわりを教えてください。
田中:インテリアでいうと、単にスッキリさせたかったというのが一番大きかったですね。そこでまずはパッケージ的な塊で大きく作っていきました。そしてアシスタント席の前を削いで。そうすると腰高なインパネになるのですね。そこで助手席はスッキリさせたかったので、加飾をプレーンでスッキリ見せて、なおかつ、メーターの桟(メーター右側や中の仕切り)の部分を取ることで広くスッキリと伸びやかに見せています。どちらかというと助手席から定めていきました。
そうしながら、真ん中にコンソールを配することで、ドライバーも使いやすいようにユーティリティを入れました。また、セパレートシートにしたことで運転する人は腰回りをすごく固めて、運転操作をしやすくなっています。
つまり機能的な骨格をレイアウトして、大きくは、ドライバー側はシートと機能的なレイアウトを固めて、アシスタント側は削いでいくことで広く使えているようにしています。
—-:助手席から見るとメーターの中の桟も外しているというのは面白いですね。
田中:どうしても重たかったのです。それで何か方法はないかとクレイモデルでサクッと削いでみたらスッキリしたのでこれでいいと思いました。異形メーターはあまり作らないので最初はすごく難しかったのですが、モデラーがバランスよくまとめてくれました。
—-:運転席については、運転を楽しめるようなデザインをどこで表していますか。
田中:それはメーターが見やすいことやシートがしっかり固められていること。それから、実は6速MTが一番映える骨格にしていて、シフト位置を他の軽自動車に対してかなり手前に引いています。そうすることでセンターコンソールなどに足を当てて操作することが出来るのです。シフト位置もステアリングに対して近いところにあるなど、操作しやすいというところはすごくこだわっています。
—-:このシフト位置はN360も参考にしていますか。
田中:参考にしました。過去のインパネシフトの絵図も持ってきて、結構いい位置にあると何度も調整して、早い段階からここだと進めていきました。本来この骨格であればもう少し下にある方がいいのですが、あえて上にして、使いやすくしています。
◆このクルマには大事な人を乗せて欲しい
—-:そのほかにこだわったところはありますか。
田中:オリジナルグレードでもコンビシートや、アームレストにフル合皮の柔らかいものを採用するなど、毎日触れるような部分の質感を高めていて、充実感のある満足してもらえるものになっていると思います。そういうところも今回のN-ONEでは意識してやりました。
—-:それはこのクルマがスペシャルティーな位置づけになったからでしょうか。
田中:そうです。先代にあった下のグレードはN-WGNに任せようという気持ちでやっています。
—-:田中さんがこのN-ONEのインテリアをデザインするにあたって、一番大事にしたこととは。
田中:それは運転席も助手席もお互いが楽しめるということです。このクルマには大事な人を乗せて欲しいと思っていて、軽自動車はだいたいベンチシートを採用していますが、実は妻とベンチシートに座っているとこっぱずかしく思う時があるのですね(笑)。会社でもそういう感覚はあるよねと話にもなりました。
子離れした人たちもお互いの考えがあり、尊重したい部分もあるでしょう。そこで、しっかりとした居心地の良い空間を用意したいと考えたのです。助手席は後ろまで下げてゆったりくつろいで欲しいし、運転席は出かける時に自分が運転を楽しめたら、お互いが楽しいですよね。それが上手くいく夫婦みたいな感じなのではないか。そういう気持ちを混ぜ込んでいきました。