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自動運転バスが定常運行を開始—国内で初めて、茨城県境町で
自動運転で公道を走るバスの定時運行が11月26日より茨城県境町でスタートした。全国レベルで公共交通の維持が課題となっている中で、自動運転によって地域住民の足を確保するのが狙いで、自治体が自動運転バスを公道で走らせて定時運行するのは国内では初めての事例となる。
◆3台の「ナビヤ・アルマ」の導入で、さらなる人口増と地域活性化を促す
この事業は今年1月に発表されていたもので、境町が自動運転事業の運行管理を推進するボードリー(BOLDLY、旧SBドライブ)と、輸入商社マクニカの協力を受けて実現した。自動運転バスはフランスのNavya社製『ナビヤ・アルマ』で、これまでもボードリーが自動運転の実証実験で使用してきた車両と同型車だ。境町ではこれを3台購入して、5年間分の予算として5億2000万円を計上。運行管理やそれに伴う人件費を含むパッケージで契約した。
境町はこれまで人口減少や高齢化に伴う活力の低下、交通網の脆弱性などの構造的な課題を抱えていたが、圏央道を活用した公共交通網の整備や拠点整備を積極的に推進した結果、人口減少に歯止めがかかりつつある。境町としてはナビヤ・アルマの導入が、これらの拠点を中心とした町内の回遊性の向上と、さらなる人口の増加、ひいては地域活性化を促進することにつながると期待する。また、ナビヤ・アルマは国土交通省が推進するグリーンスローモビリティに該当するものとしても注目される。
自動運転バスの運行業務を担うボードリーは、複数の自動運転車両の運行を遠隔地から同時に管理・監視できる自動運転車両運行プラットフォーム「Dispatcher(ディスパッチャー)」で、自動運転バスの運行を管理する。ディスパッチャーには自動運転バスの状態監視や緊急時の対応、走行前の車両点検、走行指示機能などを装備し、安全な運行管理に活用することができる。また、ボードリーはルートの選定・設定や、3Dマップデータの収集、障害物検知センサーや自動運転車両の設定など、走行までに必要な作業を行っている。
さらに車両を輸入するマクニカは、これまで自動運転ソリューションを提供してきた経験や知見をベースに各種センサのメンテナンスを行う。同時に車両本体については、地元の車両整備工場と連携しながら境町での自律走行バスの運行を全面的に支援していくことも明らかにしている。
◆当初の運行ルートは境町商店街の中を結ぶ往復5kmを設定
ナビヤ・アルマが運行するルートは「境シンパシーホールNA・KA・MA(境町勤労青少年ホーム)」と、境町の地域活性化の活動拠点である「河岸の駅さかい」の往復約 5kmを最高18km/hで走行。運行時間は平日の午前10時から午後3時30分まで8便を予定する。当初はこの区間を1台の車両で単純往復するが、認可が下り次第、1台をバックアップ用として常時2台で運行することにしている。また、バス停も2カ所で始めるが、今後は住民の要望に合わせてバス停を増やし、それに合わせてルートや便数も拡大していく。運賃は無料。
バスのルーフ上には全地球測位システム(GPS)と、3次元レーザーレーダー(Li-DAR)2基を装備して位置を認識。あらかじめ作成した高精度マップと照らし合わせながら走行する。また、周辺に備えた2DのLiDAR6基は主に周辺の障害物を検知するのに使い、さらにディスパッチャーの監視用としてカメラも備えられた。なお、自動運転の制御系にカメラは使用していない。また、車両は電動モーターで駆動するEVで、バッテリー容量は33kWh。平均稼働時間は9時間としている。
導入される3台のうち1台の外装には、境町と ボードリー が近隣を流れる利根川をテーマに一般から募集したデザインを採用した。また、他の2台の外装および座席のカバーには境町出身の美術家である内海聖史氏が制作したキービジュアルを採用。境町のコンセプトである「自然と近未来が体験できる境町」をイメージしてデザインされた車両とした。
◆想像以上のスムーズな動き、商店街の中を最高18km/hで走行
25日は「境シンパシーホールNA・KA・MA(境町勤労青少年ホーム)」において、出発式を開催した。
挨拶に立った境町の橋本正裕町長は「境町は鉄道の駅はなくクルマがないと生活ができない街。(足を確保するために)免許返納をしたくてもできない状態だ。我々が挑戦するこの取り組みが地方の課題を解決するモデルケースになればと思っている」と述べた。ボードリー代表取締役兼CEOの佐治友基氏は「モビリティは単なる移動手段。(境町は)どんな街づくりをしたいのか、どうやって街を盛り上げたいのか、というシナリオを明確に持っていた。そこには移動手段も必要だという町長の言葉に完全同意し、この日を迎えることができた」とこの日に至る経緯を明かした。
出発式の後は試乗会となり、報道陣も自動運転バスに試乗することができた。今回の事例は、自動運転バスによる初の定時運行となるが、完全な自動運転での運行は技術的にも法律的にもまだ実現できるものではない。そのため、現行法律に則り、運行時は走行に不都合が生じた際に車両を手動でコントロールするオペレータと周囲の安全を確認する保安要員の2名が乗車する。定員はオペレータと保安要員を含めた11名。また、今回の運行は国交通省が策定している実証実験のスキームの中で認められているため、車両の前後には「実証実験中」であることを示すステッカーが貼られている。
乗車中の動きは極めてスムーズ、というのが率直な印象。過去の乗車で体験した発進時と停止時のぎこちなさがほとんど感じられないのだ。境町が導入したナビヤ・アルマは最新版ということで、そういった制御が向上しているのかも知れない。走行中はEVということで車内は極めて静か。これなら乗車中の会話も弾みそうだ。一方、速度が18km/hまでで、片道1車線の道路を走行すると渋滞を生む懸念もあるが、ルート上には退避ポイント8カ所を用意して対応している。片道2.5kmはおよそ10分程度で走行。ゆっくりではあるが、この距離を移動手段に利用でき、しかも無料で乗れるわけだ。住民の足としては十分な効果が期待できると感じた。