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【千葉匠の独断デザイン】『ホンダe』はホンダらしい? らしくない?
◆EVを活かして初代シビックの面影
EVというだけでなく、『ホンダe』は話題豊富なクルマだ。インパネに並ぶワイドなディスプレイ、音声認識システム、CMS(カメラモニタリングシステム=いわゆるミラーレス)、ポップアップ式のドアハンドル…等々、世界初ではないにしても目新しいアイテムに事欠かない。いつの頃からかホンダが忘れていた進取の気風の伝統が、ホンダeで復活したように思えるのは嬉しいことだ。
かつてのチャレンジングなホンダに憧れた世代なら、ホンダeに初代『シビック』の面影を見て拍手したくなるだろう。デザイナーが具体的に初代シビックから引用したのは、ショルダーから2回折れてCピラーへと立ち上がるラインだけ。初代シビックを彷彿とさせるのは、むしろプロポーションだ。
サイズ的に近い『フィット』とは正反対にAピラーを後ろに引き、ボンネットをあえて延ばした。水平基調のサイドビューは、Cピラーをやや強めに傾斜させて台形のイメージ。80年代にAピラーを前進させたキャブフォワードやベルトラインを前傾させたウエッジシェイプが流行り始める前の、昔懐かしくも安定感のある2BOXプロポーションをホンダeは描いてみせた。
FF・2BOXのルーツは50年代の英国のミニだが、VWの初代『ゴルフ』より2年早い1972年に登場した初代シビックは、それを世界に広めたパイオニアのひとつと言って間違いないだろう。そこにホンダeのデザインは立ち返った。モーターをリヤに置くRRレイアウトを活かせば、衝突安全基準を満たしながらフロントオーバーハングを70年代のように短くできる。EV専用車というプロジェクトは、初代シビックのプロポーションを再現する絶好のチャンスでもあったのだ。
◆N-ONEに続く2作目のヘリテージデザインは「諸刃の刃」
しかし…。自社の伝統にある名作に題材をとり、それをモダンに表現することを「ヘリテージデザイン」と呼ぶが、ホンダがこれをやったのは『N-ONE』に続いてホンダeで二度目。N-ONEは往年のN360(67~71年)をモチーフにした。
もともとホンダは過去を懐かしむような社風ではなく、N-ONEのデザインが提案されたとき、社内には多くの議論があったという。そこでひとつ殻を破ったからこそホンダeのデザインが成立したわけだが、ホンダのラインナップのなかで「ヘリテージデザイン」は少数派。ホンダeの主戦場であるヨーロッパにN-ONEはないから、あちらでは変わり種と見なされても不思議はない。
そんなホンダeのデザインが「ホンダらしい」としたら、それ以外の(日本ではホンダeとN-ONE以外の)ホンダ車は「らしくない」ということになってしまう。ホンダeはホンダ・ブランドにとって諸刃の刃なのだ。
◆EV商品戦略はどこに?
せっかくのEVだから、その特性を活かして本流とは違うデザインをやるというのは理解できる。しかし今や、EVを1車種だけ出して済む時代ではない。VWは「ID.」というEVサブブランドを掲げてすでに『ID.3』と『ID.4』を世に出し、それに続く車種もコンセプトカーで予告済みだ。メルセデスは旗艦『EQS』を手始めに6車種のEV専用車を展開すると発表した。一方、グループPSAはプジョー『e-208』、『DS 3 クロスバック・E-TENSE』、シトロエン『e-C4』と、内燃機関車と同じボディでEVを送り出しつつある。
EVをどうラインナップしていくか、その展望を示すべき時期に来ているわけだが、ホンダeを見てホンダの今後のEV商品戦略を想像するのは難しい。主流のデザインからかけ離れているからだ。
ひとつあるとすれば、BMWミニがオリジナル・ミニのイメージを守りながら車種展開しているように、初代シビックをモチーフに複数のEVをシリーズ展開することだろう。しかしこれはなかなか考えづらい。案の定、ホンダが北京ショーで発表したSUV『e:concept』はホンダeとはまったく違って、むしろ本流に沿うスポーティでモダンなデザインだった。
EV戦略の先陣を切る存在のホンダeではあるけれど、後に続くEV商品群のイメージリーダーでないのは明らかで、単発のニッチ商品だと理解した方がよさそうだ。それが成功するか否かは、主戦場のヨーロッパでEV市場がいつまでニッチであり続けるかにかかっている。
千葉匠|デザインジャーナリスト
デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。