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【マツダ MX-30】これまで使ってきたものを使わずにマツダらしさを表現する“禅問答”…松田陽一チーフデザイナー[インタビュー]
マツダ『MX-30』は、「ヒューマンモダン」をコンセプトとしたクロスオーバーSUVだ。観音開きのフリースタイルドアを採用し、これまでにないインテリア素材を採用するなど、内外装のデザインにおいても新たなアプローチを行っている。その表現の意図や開発の経緯を、チーフデザイナーの松田陽一氏に聞いた。
◆これからの価値観の変化や新しい生き方を模索
—-:マツダのデザインテーマである「魂動(こどう)」は、2019年に登場した『マツダ3』から新しいステージに踏み出しました。2010年に発表した鼓動デザインは、日本の美意識を感じられたし、マツダらしいエレガントさも感じられ、驚かされました。ですが、同じ味付けで10年も見ていると、飽きられてしまいます。
松田陽一 チーフデザイナー(以下敬称略): 私たちもちょっと絞りすぎたかな、とは感じていました。一巡した感もあったので、マツダ3からフェーズ2として、芸術性を高めるとともに、表現に広がりを持たせることに挑戦しています。MX-30も、人の手が生み出す美しいカタチとこだわりの造り込みを基礎にしています。ですが、これからの価値観の変化や新しい生き方を模索しながら、デザインしていきました。
—-:マツダは1980年代の後半から、デザインのトレンドリーダーでしたね。今でいうクロスオーバー的なデザインが多く見られます。5ドアクーペの『アスティナ』や4ドアスペシャルティと言える『ペルソナ』は新鮮でした。
松田:マツダは、その時代の先端を行くスペシャルティを数多く送り出していますね。これからのマツダのデザインもすべてが同じ目線になるのではなく、むしろチャレンジする方向で進めているのです。ここでやっている面白いチャレンジが将来のデザインや作り方、お客様を引き付けるヒントになっています。ここはかなり勇気を持ってやりました。
—-:最近のマツダデザインの特徴となっているフロントのシグネチャーウイングはなくなりましたね。
松田:周りからは、他のカーラインで採用しているシグネチャーウイングを使わずにモデリングしろ、と言われました。そして同時にマツダらしさも表現しろ、と指示されたのです。今まで使っていたものを使わずにマツダらしさを、と言うのですから禅問答でした。試作段階から光のつながりを意識し、トライ&エラーを繰り返しましたが、CXシリーズの経験が生きましたね。フロントはシンプルで力強い印象であることにこだわりながら、親しみやすさを感じさせる生命感でまとめ上げました。オーナメントが指し示すクルマの中心軸へ向けて、すべてのリフレクションやエレメントが収れんしていくのです。パッと見はシンプルに見えるのですが、キュートな変化があり、見れば見るほど味が出るデザインを狙いました。
◆昔のクルマにヒントを得ながらデザインした部分も
—-:塊感の強いサイドビューは味がありますね。今までのマツダデザインと比べると、驚くほどシンプルな面構成ですが、一段高いルーフラインは今までにない面白い表現ですね。
松田:ルーフはできるだけ軽く、モダンなクルマにしたかったのです。ルーフエンドをちょっと下げながら、下のパッケージングの中央部分を使ってバランスよく見せています。ボディサイドはフロントからリアまで強い塊を感じさせますが、そこに乗るキャビンは強く傾斜したDピラーによってリアエンドでボディの塊と一体になるようにデザインしました。シンプルで強い印象の中に、軽快な印象を両立させ、記憶に残る塊としています。Dピラーの付け根をメタリックカラーとしてアクセントを付けましたが、どうせマスキングテープを張るなら「MAZDA」のロゴを入れて楽しもう、と遊びに変えて追加しました。ボディカラーは色味だけでなく3トーンで個性を際立たせることにもこだわっています。
—-:新しさだけでなく、昔の『ルーチェ』を彷彿とさせるデザイン感覚も感じられますね。
松田:昔のクルマのシンプルさ、奇をてらっていないところ、優しさなどは似ていると思います。また、昔のクルマの前が強く、後ろはシュッと流れているところなども意識してデザインしました。Aピラーのガラスの頂点から後ろへと流れるところを下げる手法なども参考にし、ヒントを得ながらデザインしていったのです。今の若い人は昔のデザインを知らないので、今使うと新鮮だと感じます。女性はかわいい、と言う人も多いですね。
—-:最初から観音開きのフリースタイルドアを考えていたのでしょうか?
松田:いえ、途中からフリースタイルドアにしようと、変更しました。一般的なドアでは昔のクルマの良さが出せませんでした。観音開きのドアを採用したから、このリアの軽快感を出せたのです。しかし、エンジニアからは大反対され、納得させて合意を取るのが大変でした。安全面や剛性を言われたし、ウインドウ面積も課題に挙げられました。
◆人が触れる部分には強いこだわり
—-:開放感と包まれ感のあるインテリアはシンプルですが、味わい深いデザインですね。メーターなども見やすいように感じました。
松田:フローティングテーマでキャビンを構成しています。が、前席の空間のデザインコンセプトは、マツダ車に共通するドライバーを中心としたレイアウトによる一体感のあるドライビングを継承し、変えていません。精緻な美しさで、新しい価値観を狙いましたが、やりすぎて機能が損なわれることも多いので、そこは注意して作業を進めました。
—-:竹内主査はシートを担当していたこともあるので、こだわりが強かったのでは?
松田:最初は素材ありき、から性能を作り込む作業を始めました。人が触れる部分は、強いこだわりを持っています。MX-30は本革を使っていません。プレミアムヴィンテージレザレットと呼ぶ人工皮革を使いましたが、本革がいいという従来の発想を変え、触感と表情の可能性に挑戦していきました。素材のヒエラルキー、優先順位を変えようと、本物以上の気持ちいい触感を追求しています。また、環境負荷の低減にも貢献しています。
—-:天然由来の環境負荷の少ないコルクを使う発想も素晴らしいですね。
松田:コルクを使うという発想は自動車会社にはないですね。でも、マツダはコルクを作る会社からスタートしているので、これを使ったら、と思いつきました。最初は、安っぽいからやめてくれ、とも言われました。コルクのクッション性や特性を活かす使い方にこだわり、デコレーションパネルには使わないと決めたのです。このインテリアには合っているし、上手に表現できたと思っています。
—-:インタビューを通して、MX-30にかけるデザイナーの情熱を感じ取ることができました。ありがとうございました。