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八ッ場ダムを水陸両用バスで行く…自動運転・運航めざす勝機や課題[動画]
群馬県長野原町。八ッ場ダムの水面と湖岸道を行く水陸両用バスが、7月末から動き出す。このバス、各地で動く同タイプの観光アトラクションとは違い、世界初をめざしている。水陸両用バスの自動化だ。7月3日、その発表会で課題やビジョン、移動の近未来がみえてきた。
クルマの世界で自動運転といえば、路面のラインやガードレール、障害物、信号などをセンサやカメラで認識し、衛星からの導きもあわせて走る……、といったイメージがある。じゃあ、まわりになにもない水面を、水位が刻々と変わるダムのなかを、どう右へ左へ定められた航路を行くか。
そんな素人疑問を関係者に聞く前に、世界初の水陸両用バス自動化をめざすプロジェクトについて。事業名は「水陸両用無人運転技術の開発~八ッ場スマートモビリティ~」。事業代表者はITコンサルティングのITbookホールディングス。コンソーシアムメンバーは、長野原町(水陸両用車保有・湖面管理)、日本水陸両用車協会(運航)、埼玉工業大学(自動運転技術)、エイビット(ローカル5G通信)。
日本財団が展開する「無人運航船の実証実験にかかる技術開発共同プログラム」に採択された5事業のひとつで、この「水陸両用無人運転技術の開発~八ッ場スマートモビリティ~」は今年度予算2億5000万円、そのうち2億円強を日本財団が支援し、残りをITbookが負担する。
◆長野原モデルを世界に、離島の物流変革も視野に
この水陸両用バスはコーワテック製で、ダム受益者の利根川流域都県が負担する資金で長野原町が約1億3000万円で購入。ことし7月末から有人で運航を始め、2021年2月までに自動運転システム各機器を同バスにすべて取り付け、自動化実現にむけた実証実験を2022年2~3月に1週間程度実施していく考え。
めざすはクルマと同じ。陸上も水上もオートで動き、さらに離岸・接岸、水上障害物回避、ローカル5G などによる遠隔操作などの実現が目標。最終的には、陸上で客を乗せ、物資を載せ、水上を航行し、桟橋(スロープ)を認識して再び上陸して目的地に着くまでを自動化するという計画。
この水陸両用バス自動化は、観光の目玉としてだけでなく、離島の生活利便性向上や物流ソリューション、自動車むけ自動運転システム活用で船舶無人運航化へのコスト削減などもねらい、「長野原町の自動運転 水陸両用バスが世界で初めて実用化へ近づけば、“長野原モデル”として各地に広がるはず」(長野原町の萩原睦男 町長)と期待を込める。
◆自動運転システムは、埼玉工業大学の「後付けタイプ」
世界初の自動運転水陸両用バスをめざす実験車両につける自動運転システムは、埼玉工業大学が開発する自動運転技術「SAIKO CAR WARE」。埼玉工業大学はこれまで、AI(人工知能)教育・研究にむけた生きた教材として、トヨタ『プリウス』ベースの自動運転実験車や、日野自動車『リエッセII』ベースの自動運転AIバスを開発。内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期「自動運転(システムとサービスの拡張)」の実証実験に、私立大学で唯一2期連続で参加している。
ことし6月に羽田空港エリア公道上で実施したSIP実証実験で、埼玉工業大学 自動運転AIバスは、バス停の停車位置に誤差3ミリ以内で自動で正着させ、関係者を驚かせたのが記憶に新しい。今回もこの自動運転AIバスの高精度3次元地図、自己位置推定、環境認識、経路追従、走行計画などを活かし、「水上でも定められた道を行けることを示す」という。
川原湯温泉あそびの基地 NOA で行われた発表会・体験会では、同大学工学部情報システム学科 渡部大志教授(埼玉工業大学自動運転技術開発センター長)も参加。「 ルーフにつける GPSアンテナが、水上では船と同様の揺れ角度によって精度が落ちるといった心配もあった。今回、実際に水上航行を体験してみて、大きな揺れもないことを確認した。今後は埼工大 自動運転システムの拡張性を確認しながら、ソナーなどの船舶用機器などとの連携なども視野に入れて開発をすすめたい」という。
また、ローカル5G による遠隔操作なども試みるエイビットは、「カバーエリアが広く、Wi-Fi 電波にちかいサブ6帯周波数の5G電波は、水に吸収されてしまうという弱点もある。こうした課題をひとつひとつ解決しながら、進化させたい。おそらくローカル5Gの実証実験としては初のケース。ここ群馬県長野原町からローカル5Gによる遠隔操作の歴史が始まったといわれるように、がんばっていきたい」と意気込む。
◆人材・法律・土木、実際に乗って感じた新しい世界
まだ自動運転システムなどを実装していない、プレーンなコーワテック製 水陸両用バスに乗って、バッシャーンと水上に飛び込む。八ッ場ダムの穏やかな水面を航行してみると、いろいろなことに気づいてくる。まず離着水の境界にあるスロープ。この道、実は八ッ場ダム工事のためにつくられた工事専用道で、八ッ場ダム完成後に取り壊すはずだった道を利活用している。また、道交法の陸上から水上に変わる直前に、シートベルトを外す。水上を航行するときは船室内移動もできる。
運航を担当する日本水陸両用車協会(JAVO)乗務員も経歴がユニーク。今回、この長野原町水陸両用バスの運航を担うメンバーは4人。バス運転手がもつ大型二種免許のほかに、船舶2級1級取得を経て特定操縦免許を保持した人たち。この4人のなかには、群馬県の観光バス系企業から「趣味でとった特定操縦免許が活かせる仕事があるってことで、転職した」という人もいる。
運転室をみると、「ISUZU」のマークがあるハンドルの右脇に、船舶操舵用ステアリングがある。運転席左下にはATレバーの左脇に船舶のスロットルレバーがある。これらのハンドル・アクセルペダル・操舵ステア・スロットルレバーから手足を離して自動航行してくれる時代がくると、どんな世界か……。
「2007年に大阪から始まった水陸両用バスは、水路再生・活性化に貢献した。国内で活躍する観光用水陸両用バスは23台。今回の長野原町 自動運転水陸両用バスも、『たぶんやれるんちゃうかな』って思っている。法律的な部分もクリアできるよう協力していきたい」(日本水陸両用車協会の須知裕曠理事長)
そして、今回の「水陸両用無人運転技術の開発~八ッ場スマートモビリティ~」事業の代表を務めるITbook 恩田饒 代表取締役会長兼CEO は、「世界初の水陸両用バス実現をめざし、新たなビジネスモデルを創造したい。離島の利便性向上などにも貢献できる可能性がある。IT や IoT を活用した地方創生のモデルケースになるはず。必ず成功へと導きたい」と意気込む。
「1番目に、大事なのはオープンイノベーションであること。オープンに運営し、知見共有やさらなる協業も検討していきたい。2番目は、公開実証実験であること。さまざまな人に試してもらい、効果を検証していくことが大事。3番目はオープンソース・オープンデータ。成果をすべてオープンにして、参照してもらうことで、無人運転のさらなる技術開発に貢献したい。アフターコロナ時代の新たな地方創生の可能性を見出したい」(ITbookの恩田饒代表)